『世界は縮まれりー西村天囚「欧米遊覧記」を読むー』
湯浅邦弘著
KADOKAWA 2022年2月刊
2022年6月と7月に御講義いただいた湯浅先生が講義中にも紹介されていた御著書で、507ページの大著です。
明治43年(1910年)に朝日新聞社主催で実施された第二回「世界一周会」に特派員として参加した西村天囚の「欧米遊覧記」の現代語訳に加え、この世界旅行の意義や旅行後のエピソードなどを湯浅先生が解説されているとても面白い本です。
この「世界一周会」は、4月から7月まで全104日間、参加者57名、旅行代金2450円で、現代の貨幣価値に換算すると約1000万円にもなる大掛かりなものであった。
神戸、横浜からハワイ、アメリカ西海岸へ行き、アメリカ大陸横断鉄道で東進、それからまた船でイギリスへ。ヨーロッパ各国を巡り、シベリア鉄道でウラジオストックまで達したのち、船で敦賀まで戻ってここで解散している。
参加者は、財閥のトップクラスから銀行、企業の社長・重役、各種商売人、代議士・東京市会議員等の政官界人、退役軍人、医師等に加え学生も2名参加している。
これだけの重要人物たちがこれだけ長期間の旅行に出掛けられたことも驚きだが、それだけの意義を見出していたものと思われる。
湯浅先生の丁寧な注釈によりこの世界旅行を追体験出来ることも楽しいが、旅行後のエピソードもバラエティに富んでいる。
講義中にも触れられた天囚と懐徳堂の再興の話や東京市の改革、敦賀の港と駅の話、東洋協会幹事宗像小太郎の参加は諜報活動なのか、また、この旅行を取り仕切ったトーマス・クック社と同行したその社員の話など興味深いものが多い。
これらの中でも、特に敦賀の話が気にかかった。
橋本順光先生の「北極海航路をめぐる幻想と現状」の中で紹介されていた上下を逆にした日本地図を見れば明らかなように、ロシアなどの大陸側から見れば日本列島が蓋をしているように見える。
このため、日露戦争前から日本政府は敦賀を大陸に対する軍事上の重要拠点と認識し、東海道線が全通する前にとりあえず敦賀と長浜間を鉄道で結び、長浜からはかっての青函連絡船のように列車をそのまま船に乗せ、大津までの間は琵琶湖上を船で運び、大津から大阪・神戸方面へはまた鉄路で結んでいた。
このことは長浜鉄道記念館へ行けばよくわかる展示がしてある。
この「世界一周会」の時代以降、敦賀から船でウラジオストックへ行き、シベリア横断鉄道でヨーロッパへ行く定期路線で、従来の船での南回りよりもはるかに短時間でヨーロッパへ行けるようになったのである。
この旅行後も毎年各地で旅行参加者の同窓会が開かれ、数年後からは第一回世界一周会と合同での同窓会も開かれている。
琵琶湖観光船の会社の社長も参加していた関係か、琵琶湖の観光船を借り切っての同窓会も開かれている。
この旅行費用には大金がかかったが、おそらく大部分の参加者は元を取ったのではないかと思われる。
何しろこの時代に世界先進国の実情に触れただけでも大いに刺激され、各人のその後の業務にも良い影響を及ぼしたと思われる。
さらに人脈の形成も大きかったと思われる。
各界の進取の気性に富んだ一流人物ばかりが、旅行中の交友はもちろん毎年同窓会を開いて旧交を温めあったので、いろいろな情報交換、商売上の便宜等々大きな成果を得られたものと思われる。
分厚い本ですが、各人の興味のある部分だけでも読む価値のある本だと思われます。
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